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以下は佐藤さんのHPから抜粋。 HP⇒
大アジア思想活劇 〜仏教が結んだもうひとつの近代史〜
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▼仏教旗の制定・ウェーサクの祝日化
そして、オルコットは1885年四月に『五色の仏教旗』を発表した。仏教の社会的地位の向上のためには、キリスト教の十字架に相当する「仏教徒共通のシンボル」が必要だと痛感したためである。オルコットの制定した仏教旗は、ブッダガヤの菩提樹下で悟りを開いた釈迦牟尼の身体から発したとされる後光の色、左から青・黄・赤・白・橙を縦に並べ、六列目に五色を合わせた縞模様を配した、覚えやすく明るいデザインの旗だ。現在も世界中の仏教圏で祝祭等に用いられ、日本にも1889年のオルコット来日の際もたらされた。旗の意味するところはほとんど忘れ去られたが、現在でも時折、掲げられているから、お寺参りの際にはチェックしてみて下さい。
もうひとつ。スリランカをはじめとする上座仏教圏の、最も大切な年中行事にウェーサクの祭りがある。ウェーサーカ月(四〜五月)の満月を中心に数日間にわたり寺院礼拝や祭が繰り広げられる大祭だが、南伝仏教の伝承ではこの満月の日に釈尊が生まれ、悟りを開き、入滅したと伝えられている。植民地支配下で逼塞させられてきたこの仏教徒の伝統行事を、植民地政府に掛け合って正式な祝日と認めさせたのもオルコットであった。
P.S.(佐藤さんよりのコメント)仏旗に関する私の文章ですが、オルコット大佐の功績を述べる段で書いたので、完全に正確とはいえないかもしれません。仏旗の原型は、パーナドゥラ論戦のグナーナンダ師が考案したという記述も、英語の資料で見た覚えがあります。でも、普及させたのと、日本にもたらしたのは間違いなくオルコット大佐です。
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