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沙門果経(12)
第三章 仏陀の話
  第一の沙門の果報
A・スマナサーラ長老

〔前号までの話〕 マガダ国のアジャータサットゥ王は、出家者のご利益は何なのかを知りたくて、当時有名な六人の宗教家を訪ねます。非行為論者のPûraza-Kassapa、運命論や他力本願を説くMakkhali-Gosâla、唯物論者のAjita Kesa-kambalaとPakudha-Kaccâyana、徹底した道徳論者で苦行を薦めるNigantha Nâta-putta、厳密な不可識論を説くSañjaya Belatthi-puttaを訪れて沙門の果報を尋ねるのですが、みな自説を唱えるだけで王様の質問に直接答えようとしません。納得いかない王様は満月の夜にお釈迦さまを訪ねて同じ質問を出すのです。

第一の沙門の果報

六人の先生方とお釈迦さまの話の違い

 これまでは、アジャータサットゥ王様がいろんな宗教家の話を聴いて、満足しないで帰りましたという話でした。王様は納得しなかったかもしれませんが、六人の先生方はそれなりに自分たちの教えの基本的なことを話しただけなのです。

 私はその先生たちの話を、あまり出典もないし記録もない、ほんの少々しか情報はないですから、できるだけ特別に時間を割いて説明しました。情報があるのはニガンタ・ナータプッタ師が始めたジャイナ教の経典だけです。その経典にしても、教えはお釈迦さまより古いのですが、経典自体の成立は時代的にはかなり遅いのです。ですからお釈迦さまの時代にあった考え方と、今ジャイナ経典にある考え方とでは、いろいろ違うところがあるかもしれません。

 お釈迦さまの話を始める前にひとつ言いたいのは、「あなたの教えでは何か御利益ありますか」と王様に質問されたところで、結局お釈迦さまも自分の教えの基本的なところを全部説明したのです。六人の先生方と大して変わったことをなさったわけではないのです。でもそれを聴いた王様は、「論理的にお釈迦さまも質問に答えていないのだ」と満足しないで帰ることはできなかったのですね。その辺のポイントだけは違うところなのです。

宗教のご利益は《こころの安らぎ》

 日本語のテキストで、「第一の沙門の果報」というところから見ていきましょう。アジャータサットゥ王はお釈迦さまに、六人の先生方に出した同じ質問をします。「みんな仕事をして給料をもらって、楽しく生きているのではないか。修行というものをして何かそれなりの結果がありますか」と尋ねるのです。

 その論理的なポイントは、王様が尋ねた同じ立場で説明しなくてはいけないのです。

 人々は仕事をして給料をもらいます。給料が御利益かというと、それは違うのです。給料をもらうことで自分と家族を養って、みんなと仲良くして楽しくて幸せを感じる。それが御利益なのです。仕事でたくさん給料をもらうことや、商売をしてたくさん収入を得ることは、御利益で見てはいけないのです。なぜなら、商売をしなくてもすごく幸せで楽に生きていられるなら、人は商売をしないのですね。ですから、御利益の定義をもうちょっと厳密に考えたほうがいいのです。

 例えば、現代の世界で、これはヨーロッパも日本も同じですが、我々は宗教から御利益を欲しがります。その欲しがる御利益は、子供の病気を治してほしいとか商売繁盛とか、家内安全とかそれぐらいのものですが、本心はそういうことではないのです。我々が一番欲しいのは、心の安らぎなのです。アメリカ人にしても日本人にしても仕事が安定していると、そこに心の安らぎがある。それで収入があって、楽しく苦労なしに幸せに生きていられるのです。だから最終的に求めているのは《心の安らぎ》なのです。極端に言えば、仕事は不安定でも、首になってもかまいません。不況で仕事を首になった。でも、もし頼った宗教に力があってほかの生き方で心の安らぎが見つかりましたというならば、それはそれで一向にかまいません。

 つまり、人が幸せで軽々と生きていられるかということが最終的なところなのです。そういうポイントで見ても、思考の次元では現代人よりずっとお釈迦さまは進んでいたのです。

 ですから、もし王様が「修行をやったらたくさん給料をもらえますか」と訊いたなら、お釈迦さまには答えられませんね。でも尋ねたのは「ご利益を示すことができますか」ということですから、お釈迦さまの答えははっきりと、「できます」と。

 今までの先生たちは、そのようには答えなかったのです。彼らは王様の視点で世の中を見ようとしませんでした。先生方はその質問自体も我々には合わないということを言いたかったかもしれません。御利益があるかという質問は、「殺しても殺されても行為だけです」と言うプーラナ・カッサパ先生にとっては、関係ない質問です。「すべては運命であり定めです」と思っているマッカリ・ゴーサーラにとっては、修行に御利益があるかないかも運命で定めてあるのです。ジャイナ教のニガンタ教祖さまにしても、「すべてカルマであって苦しみです、それは全部捨てるべきですよ」と言うのだから御利益は関係ない。逆に、死ぬまで苦行しなさいといって否定しているのですね。だから六人の先生方に「御利益ありますか」と尋ねても関係ない答えになってしまった。つまり彼らがアジャータサットゥ王の前で失敗したのです。しかしお釈迦さまの場合は何のことなくはっきりと「御利益はあります」と説く。

ブッダの説法は質問から始まる

 「できます、大王よ。それでは、大王よ、その点について、ここでおたずねしましょう。あなたのよろしいように、お答えください。大王よ、つぎのことをどうお考えになりますか。・・・・」

 これはお釈迦さまの、ひとつの説法の仕方なのです。お釈迦さまは「できますよ」と答えてから、「いろいろあなたに質問を出します。それについて自由に答えてください」、と言うのですが、それは現代の裁判でやっているやり方なのです。弁護士がいろいろ質問を出す。証人がイエスかノーかぐらいで答えていく。あるいはほんのちょっとのことを説明する。そういう方法で話を進めていく、cross-enaminationというやり方があるのですね。その同じ手法をお釈迦さまも採るのです。人間は勝手にしゃべるとコントロールが効かなくなってしまいます。だから相手に、「これはどう思うか」、「それならこれはどう思うか」と、一つひとつ質問を重ねて、相手の意見を整理してあげて、至るべき結論に至るというやり方をとるのです。

 お釈迦さまの教えは、この点でも普通の宗教とは違います。普通の宗教は福音の世界ですから、自分はすごく高いところにいて、神様のご託宣を押し付けるだけの世界です。人々は、知恵のある人が伝える神の言葉だから一方的に聞くしか道がないし、反論する自由もないのです。一方仏教では、ごく普通にインテリ的に問題をもっていく。相手にはいろいろ反論する自由も、違いますという権利もあるし、疑問を出すこともできます。

 この場合も冒頭で、お釈迦さまが王様にその方法で話しているのです。難しいところにいくと王様のことは置いておいて、お釈迦さまはひとり勝手にしゃべるのですが。

「奴隷の譬え」に隠された仏教の真意

 「・・・大王よ、つぎのことをどうお考えになりますか。ここに、一人の奴隷があなたにいるとしましょう。かれは、奴僕として、早く起き、遅く床につき、何事にも従順で、快く行動し、愛想よく語り、顔色をうかがっている者です。そのかれが、このように考えるとします。『ああ、なんと不思議なことだろう。ああ、なんと珍しいことだろう。功徳に行方があろうとは、功徳に果報があろうとは。確かに、このマガタ国の王でありヴィデーヒー妃の子であるアジャータサットゥは人間であり、私もまた人間だ。このマガダ国の王でありヴィデーヒー妃の子であるアジャータサットゥは、五種の妙欲を与えられ、そなえ、まるで神のように楽しんでいる。ところが私は、その奴隷であり、奴僕として、早く起き、遅く床につき、何事にも従順で、快く行動し、愛想よく語り、顔色をうかがっている者だ。私も功徳を積めば、きっとあのようになるにちがいない。髪と髭を剃り、黄衣をまとい、家を捨てて出家することにしよう』と」。

 お釈迦さまはまず王様に喩えで尋ねるのです。なぜ奴隷の話を出したかというと、王様にも随分わかりやすいからです。王様というのは、大勢召し使いがいますから自分では何もやりません。奴隷たちはいつでも王様の顔色を伺いながら仕事をしていて、大変こわがっている。毎日早く起きなくてはいけないし、遅く寝なくてはいけない。ほんのちょっと余分に寝ようと思っても、そんなことは死ぬまで絶対できません。そういうことだから、王様が大変楽しんで楽に生きているのを見て、「彼も人間で私も人間なのに、この差はなんだ」と考えるのです。「彼には徳がある。だから私も徳を積めばいいのではないか」と思い至って、彼が出家するのです。

 この喩えの、王と人間の関係もやはり仏教的な考え方です。《誰も同じ人間で平等です。王と言えども神に選ばれたものではない》という考え方は世界中どこにもなかったのですが、仏教だけは断固としてそういう考え方をもっていたのです。

 「王というのは神ではなく人間が決めるものだ。悪いことをするならば、人々のためにならない不法なことをするならば、その王を捨てなさい」、と仏教では平気で言うのです。ジャータカ物語の中で、それに関するストーリーがあって、道に外れて法を犯す王が国民に捨てられたという話を堂々と書いています。それでわかるように、王は神に選ばれて世界を支配しているから素晴らしい特別な人間だと思う考え方は、遠い昔でもお釈迦さまはすごくいやだったのですね。いやというより、お釈迦さまは大変なインテリでしたから、一般的に考えればそれはおかしいと言うのです。

 でも人間はいまだに、王家の人々というのは特別な人間だ、触ってはいけないものだと考えています。一般の人が王族の人間と結婚でもすると、その人に特別な位をあげて貴族にする。そういうことは仏教から見ればあまり意味がないのです。王が立派な王として尊敬されるのは、彼が仕事をちゃんとやっているならば、なのですね。ここに隠れているのは、その考え方です。このケースで王が神に選ばれている人なら、この譬えは合わないのです。

王様を選ぶのは誰ですか

 政府というものがどのように生まれたか、ヨーロッパ人にはいろいろ考え方があってそのひとつは、政府は神に決められたものだというのです。日本のシステムにしてもどんどん発展して、今の天皇制まできましたが、結局最初から神と大変深い関わりがある宗教の人です。そうすると一般の人々にはどうしようもなくなってしまう。王は神であるという思考を仏教は遥か昔から認めていない。王は人間で、人間に選ばれるのだと。だから王に対して、「Mahâ sammata」という言葉を使う。これは仏教の政治に対する考え方でよく使う言葉なのです。Mahâは大きいというよりも、「大衆」という意味なのです。Sammataというのは、「認可された」。つまり国民に認められているという言葉です。ですから選挙制度で王を決めることは、仏教だったら可能なのです。人が「あなたは王ですよ」と決めたら王であって、「あなたは違いますよ」と決めたら、王様ではなくただの一般人です。このように仏教では、《政府は国民のためのものだから、国民がいつでも優先する》、ということをすごくしっかり考えていたのですが、歴史上でそういう政治は実際にはなかったのです。

 我々が経験している民主主義は最近できたものでしょう。それもギリシャの哲学者やらがいろいろ考えて考えて、じわじわとできたものです。戦って殺し合いをやって大変苦労したから、一応イギリスは民主主義のシステムがありますが、アメリカのそれは民主主義とはいえないでしょうし。数えるほどの国々では、何とか苦労して人間はやっとそこまで来たのですが、今はどんどん資本主義が壊れかけていて、将来はもっと恐ろしいシステムができてくるでしょう。そうすると民主主義も壊れてしまう。共産主義には戻りませんが、やっぱり違う方向に行くだろうと思います。

 仏教の人々が治世をした場合は、選挙制度はありませんでしたが、お釈迦さまの考え方に沿って、「国民に認められるように」とすごく気をつけて政治活動をしたのです。それを始めたのはこのアジャータサットゥ王でした。彼からじわじわと始めて、アショカ帝王がしっかりとそれを実行して見せた。「私は国民の父である、国民は私の子供たちである」という立場でしっかりと治めたのです。「たとえ自分が便所にいても、国民の問題があればすぐ報告しなさい」と、現存するアショカ王の碑文に書き記してあります。「王様は寝る暇もなく大変です」、ということは彼が認めないのです。自分のことは置いておいて、まず国民を見なくちゃいけない。それを言ったのはアショカ王が仏教徒になってからです。

サンガは民主主義

 仏教の国々ではそういう政治の伝統がありますから、王制は国民がいやな制度だとは思わなかったのです。王様はすごく仲良くしてくれるし、みんなのことを考えて政治をしてくれる。神ではないから批判もできるし、文句も言える。そのようなシステムではあったのですが、我々が考えるような現代的な民主主義というものは歴史上なかったのです。
 その代わりにお釈迦さまは、出家の世界で民主主義を二五〇〇年以上も昔に実現しました。政治では作れませんから、自分の弟子たちの中で作って見せたのです。

(次号に続く) 

(スマナサーラ長老の講義より 編集 杜多千秋)

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