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6.「三帰依文の由来」

〜仏教は自己責任で帰依します〜

<A・スマナサーラ長老>

2001年5月、関西地区 初期仏教宿泊実践会(丹後 宝泉寺会場)での説法。
仏弟子会、関西交流会のメンバーの方々でテープ起こしを分担し勉強してみましょうという作業の一部です。だいたい、ご説法のままの編集です。この前日や後にも関連の大変大事なお話がありますが、データが出来た分だけお読み戴きたく、インターネット瓦版です。やがては合わせ然るべく編集され、長老に加筆修正を戴いて、まとまったものに成ればと願っております。(文責、管理人)

 
 ブッダム・サラナム・ガッチャーミ <私は仏陀に帰依いたします。>
 ダッマム・サラナム・ガッチャーミ <私は法(真理)に帰依いたします。>
 サンガム・サラナム・ガッチャーミ <私は僧(聖者の僧団)に帰依いたします。>
何気なく形ばかりに唱える言葉、そんな程度に思われがちなこの短い簡単な言葉が、説法を聞いてびっくり仰天、仏教徒とは、こういうものかと納得してしまいます。
 

●希望と欲望
 昨日の話でナモータッサと言う、お釈迦様に挨拶をする行の挨拶文句の意味の話をさせていただきました。
今日も同じ話を、つまらないかも知れませんが、続けて言おうと思っています。
昨日は、話しのついでにいろいろな大事なポイントを申し上げましたけどね。
なぜ祈りをするのでしょうかとか、祈りの裏に人間には苦しみというものがあるんだと、希望というものがあるのだと、世の中で生きている場合には希望というものがあってもかなうわけではないし、苦しみというものがあっても消えるというわけではないし、ひとつのことが消えると何か新しいものが出てくる、希望というものがあればある程、なかなかうまくいかないということが出てきます。さらに悲しくなってしまうんです。

「そもそも希望というものが問題である」と、お釈迦様はおっしゃっているんです。
希望するということはありえないことを希望するんです。これは人間がやっている、ちょっと可笑しいことなんです。あり得ないことを希望してしまう。で、問題があり得ないことであればある程、希望が強くなってしまうんです。
まぁ例で言えばわかりやすいと思います。例えば、子供が生まれたとします。障害があるとします。とにかく障害があるんだから仕方がない。死ぬまで。
それでもなんとか方法はないか。なんとか直してもらう方法はないかと、もう希望が出てくるんです。

 たとえば、子供が元気でいるんだけれど、ちょっと風邪をひいてしまった、とします。そんなに希望が生まれてこないんです。「子供はどうですか?」「あぁ、ちょっと風邪をひいて寝込んじゃっているんだよ」と。平気でいるんです。何故かというと、もぅその内に治るんですよ。ですから、そんなに希望しません。
で、もし風邪もひいて熱もでて、なかなか熱は下がらない。医者も、なんだか全然わからない。「これは大変危険だよ」と言ってしまう。もう病名もわからないんだ、心臓も弱くなっているんだと言ったとたん、とにかく藁にもすがる気持ちになってくるんです。なんとか方法はないかというふうに希望がわいてくるんです。ですから、希望のからくりというものは、だいたいあり得ないものについてなりたつのです。それでどんなにお祈りしたとしても、神社に来てお祈りしても、寺に来てお祈りしたとしても、あり得ないものはあり得ないんだから、叶わないんです。

それで、お釈迦様が出した答えは、「もう少し我々は具体的に世の中のこと、自分の周りのことを研究してみましょう、研究してみると希望がなくても良いのではないか」と。

 例えば御飯を作ってから、「どうぞこの御飯を食べたら、私のお腹が満腹になりますように」とか、誰もあまり希望しませんね。あたりまえのことだから。食べたら美味しいし、満腹にもなるし。
でも、お金がなくて、毎日同じものばかり食べていると、あまり美味しくないし、つまらなくなってくる。そうすると、なにか美味しいものが食べられたらいいなぁ、と希望が出てくるんです。
もし美味しいものが食べられる能力があるんだったら、もうとっくに食べているんです。そういう能力がないのだったら、毎日同じお茶漬けだとか、お新香だとかで、御飯を食べているかもしれません。でも、毎日お茶漬け食べちゃうと、これはちょっとねぇ。もう食べたくなくなってしまうんですね。
でもおかずを一つ二つ買えるお金があるんだったら、必ず買って食べるんです。
それで、何か無いかな、なにかないかな、という希望が湧いてくるんです。「なにかお金が入る方法でもないかなぁ」とか。ですから、希望というものはそういうふうなもので、あり得ないものについて希望というものはなりたつのだよと。

 それで、希望が出てくると、必ず先にあるのは、叶わないという、失望感ということなのです。失望感というものは凄いきついものなんです。人は様々なものだから、希望が出てきたら無茶頑張ってみる人もいます。その希望が叶うまでは、とにかくなんでもかんでも頑張ってみます。そこで必死になって頑張った結果、叶う場合もあるし、叶わない場合もあります。それは努力次第であり、条件次第なんです。
その時も希望が叶うために、物凄く苦労しなくちゃいけない。なぜならば、もともと自分にとって希望というのは無理な話なんです。この無理な話しなんですけど、めげずに頑張っているんだから、人生でかなり無理をやっているんです。勿論、必ずしも叶わないというわけではないんですよ。努力すると叶う場合もあります。しかし、百万の希望でひとつくらい叶っても、叶う為には凄く苦しい過程を経なくてはいけないんです。それで、生きることの柔軟性、楽ということが消えてしまうんです。気楽で気持ちよく、単純で、簡単で生きていられる、ということを失ってしまうんです。
ですから、お釈迦様は「希望のからくりを勉強して下さい、明確に見て下さい。そうすると、希望を立てなくても、人間は生きていられるんだよ」と仰いました。

 昔は私は、希望、希望という言葉を使って説法していました。ところが、かなり批判されました。かなりどころではなく批判されたということがあります。「希望がなければ、人は生きていられませんよ、そんなことをいわれては困りますよ」と。そういわれたところで、「私も困りますよ」と、独りで考えて、「あぁ、でもなんで希望がそんなに有り難いんでしょうか」と聞いてみても、喋るのはみんなぺちゃくちゃ喋るんですけど、日本語がわからないんですね。私は外人なんだから、日本語の意味くらいは教えて欲しいんですね。あぁ日本語はわからないなぁ、と思って、それで、後で考えて欲望という言葉に入れ替えようと。そうして、「欲望はよくないんだ」と。そうすると、「それならわかりますよ」と。でも結局は同じことを言っていますけどね。欲望と希望の間、そんなに差がないんです。
ただ、聞いている方々が日本語わからないだけで。欲望といえば悪いもので、希望といえばいいものだ、と。だからまぁ、「まぁ仕方がないなぁ」と、困ってこの言葉を使っていました。だから、皆様方でも、「欲望なしに生きてはいられない」と言ってしまうと、これは困るんですね。「欲望という言葉はいやですよ」と。でも、どちらでも機能としては同じことなのです。

一応、希望は無くても生きていられます。
希望ばっかしで生きている人は、生きていないのです。希望のために踏ん張っているだけなんです。希望を実現するために必死になって踏ん張っているんです。だから生きる時間が無駄になります。我々の生きる日にちは数えられたものです。無制限に生きられるわけではないのです。何日生きられるかということは、もう知られたものです。一日だけでも希望のために踏ん張ってしまうと、その一日は生きることは出来ないのです。後回しにするんですね。今日一日頑張って、明日希望がかなってから、楽しくなるんだぞとかいう。ですから日々楽しく生きるんです。日々気楽に生きるのです。日々何に出会っても、ああこういうことに出会ったんですか、こういう問題ですか。じゃあ、これはなんとかしましょう。そういうふうにそれぞれの日々、毎日毎日、いや日々といったって、毎日という意味ではなくて、毎分毎分ごとに問題が出てくるのですから、それをひとつひとつ解いていく過程をね、楽しんでいれば、凄く気楽に楽しく生きていられるんです。我々は問題に出会ったらお手上げだと、どうにもならないと、そう思う弱みが問題なのです。逃げるのではありません。なにかに出会うということは、必ず問題に出会うことなんですから。人生というのは、問題とぶつかることが生きることなのです。

●問題と解決
 だから、仏陀の定義を聞いて理解したほうがいいんです。仏陀がまったく新しいことを教えているんです。世の中の本などを読んでみると、生きることは素晴らしいことです、と平気でいいます。根拠も証拠もなにも出しません。何故素晴らしいのですか。お釈迦様は凄く具体的です。生きるということは、よく研究してみると、毎日毎日問題がある。なんでも問題。それをひとつひとつ我々が解決していく。そして振り返ってみると歳を重ねて死にかかっている。それが生きるということなのです。

お腹がすいた。それは問題でしょう。お腹がすいたのだったら、ご飯を食べなくてはいけない。空からご飯は口の中にふってこないのだから。問題が起きるでしょう。お腹がすいたことも問題ですし、ご飯を食べなくてはならないと答えが出てくるんだけれども、それもまた問題なのです。作らなければいけない、とかね。作るにしても材料を買ってこなければならない。料理をしなくてはいけない。いろいろ問題が次から次へと出てくる。それをひとつひとつ解決するのでしょ、生きるということは。

部屋を掃除したり、洗濯したりということも同じことなんです。はい問題だ。部屋が汚くなってしまったんだ。それで掃除機をかける。そうすると時間がなくなってしまう。服が全部汚れている。洗濯しなくてはいけない。それで時間がまたなくなってしまう。それで一日が終わってしまうのです。それで人生が全て終わってしまうんです。

 だから、毎日なにか、なにか、なにか、なにか問題があるんです。そのその問題をきちんと解決していくことで良いのではないでしょうか。ですから、どんな問題が起きても気楽になんとか解決して、なんとか解決して、置いておくんだ、と。明日に希望を作ったところで、明日も問題しかないのです。だったら、明後日に希望をしますといったところで、あさっても問題にぶつかるしかないんです。死ぬときまで。
ですから、希望をつくってしまうと、問題の上にさらなる余計な問題が成り立ってしまうんです。希望というものは前に説明しましたが、だいたいありえないことに希望が出てくるのです。ですからこれは大変なことなのです。日常生活でさえ苦しいのに、もの凄く余計な苦しみが入りこんでくるのです。そういうものは置いておいて、楽に生きる技をお釈迦様が凄く合理的に教えているのですね。

●不安定な状態と欲望
 昨日の話の続きでしたけれど、人間というのは苦しみがあって、希望があります。それで祈ったり、宗教に走ったりと言うことが出てくるということは説明しました。で、お釈迦様がそういう問題になんとか解決方法はないかと思って、出家して修行して、さとりという心の開放した状態を発見するのですね。その悟りという開放した状態を発見したら、お釈迦様の問題は全部消えてしまったんです。それでなにも努力をしなくても凄く気楽に、ものすごく穏やかな気持ちでいられる。で、お釈迦様によるとお釈迦様のこころの安らぎというものは、なにが起きても壊すことはできない。なにが起きても、心はいつも穏やかで平安なのです。

どういうことかというと、希望をつくることは欲が希望を作るんだと。満足しない気持ちが希望をつくるんだと。ものに満足しない。人生に満足しない。いつでも満たされていないという気持ちでいる。これが心の問題だと。満足しないのは何故かといえば、満足することができないからです、この世の中で、生きるうえで。不安定な状態で、不満足な状態で心が出来てあって、ものごとは不安定な状態で出来ているんだと。
地球は不安定だから自転をしているんです。それで日夜がなりたつんです。太陽は不安定だから燃えているんです。それで我々には光があるんです。太陽が落ち着いてしまったらどうなるのでしょうか。太陽というのは凄い爆弾でしょう。ものすごく恐ろしく原子核融合して、おそろしく爆発しながら燃えているんです。不安定だから燃えているのです。燃えてエネルギーを出すと、さらに不安定になって、次から次へと燃えて燃えて燃えていくのです。それでわれわれには光があるし、生きているし、滝も流れるし、川も流れるし、エネルギーもあるし、われわれが使うエネルギーがどんなエネルギーであれ、結局は太陽のエネルギーでしょう。不安定でないならば成り立ちません。地球の自転もなりたちません。全てのものは不安定だから、変化している。安定しよう安定しようとする。でも、安定というものはありえないのです。

どんな状態でも不安定な状態なのです。心は不安定なものを使っています。体も不安定な体、食べ物も不安定なもの、変化するのですから。なにからなにまで不安定なものに管理されているのが心なのですから、心も不満というものを感じているのです。納得いきませんと。ご飯を食べても100%美味しいということはありません。100%満足ということはない。何をしても100%満足ということは、心は得られない。それが心なんです。ですから、心には徹底的に不満という状態があります。物質と体には徹底的に不安定という状態があるのです。心は不満だから、不安定である物質に対しては激しく不満になってしまうんです。気にいらない。
高価な服でも買う。あまりにも高くて、勿体無いといって箪笥に入れておく。一年くらい経ったところで、大変大事な出来事があるので、あの服を来て出かけてみましょうといって、とってみたら、もしかしたら虫に食べられているかもしれません。あるいは、子供が、遊んでいる途中で箪笥に入れたりする。なにかに引っかかってしまって、ちょっと破れている可能性もあります。ボタンひとつが執れてしまって、ボタンがどこにあるか見つからない。服だから決まったボタンでないと駄目なのです。なんでも良いわけではないのです。それで着られなくなってしまう。ものが不安定だからそうなるんですよ。そうすると買った人はどんな気持ちになりますか。そんなことでは納得いかないでしょう。そういうことが人生には確実にあることです。どう頑張っても変えることはできない。でも、われわれはそれは理解しようとしない。理解しようとしないものだから、こころの中でずっと欲ということが出てしまうんです。「満足したいなぁ」と。「もっと綺麗になりたいなぁ」と。「もっと美味しいものを食べたいなぁ」と。「もっと綺麗な服を着たいなぁ」とかね。「もうちょっと何とかなってくれないかなぁ」と、そういう気持ちはずっとあるんです。家族についても、社会についても、誰についても。「もうちょっと何とかなってくれませんか」と。それを「欲望」と呼ぶのです。

だからお釈迦様は真理としてそういうものを語ったんです。それは科学的な真理で、これを違うと言える人はいません。違うと言う人がいるならば、実際いるんですけど、嘘を言っている。物事をはっきりみないで、はっきり計算しないで嘘を言っているだけ。
そういうことで、人間がどうすればいいかというと、こころが不安定なもの、不完全なものに対して不安を持たなければいいでしょう。ほっておけばいいでしょう。どうせ壊れるものだから。壊れて欲しくないと希望しなければいいでしょう。だからその心の訓練を受けてしまうと、心が安らぎということを感じるのです。心から不満という状態が消えてしまうんです。それで苦しみも一緒に消えてしまうんです。
まぁ、お釈迦様の基本的な教えはそれだけなんですけれど。

●悟り
 それでお釈迦様が真理を発見して全宇宙、全生命に対する、すべての生命の苦しみのもとが見つかりました。いかなる生命でもなぜ苦しんでいるのでしょうか。私はもう見つかりました。それでなくす方法も見つかりました。もう私のこころは、するべきことは全部し尽くしてしまいました。ということで、悟りを開くんです。
悟りを開いたら、それ以後は喜びですから。別になにも不満もないし、あれをやらなくては、これをやらなくてはという強迫観念もないし、そのまま座ったままで一週間いたんだそうです。一週間、菩提樹の側で。
それからまた一週間は立っていたのだと。立ったまんまで一週間いたとしてもなんのこともない。
それから一週間立った場所と座っていた場所との間で歩いていたんです。
四週間目になって、菩提樹から少し離れて、少し離れた場所で座って、世の中の真理というのは何なのかとずっと観察したんです。そこでお釈迦様が説法するときの、あの巨大な哲学、言語になったのは、もしかしたらその一週間の観察だと思います。因果法則、特に因果法則ですね。人間に語らなくてはいけないんだから、人間の心の状態やら、存在の状態やら、物質の働きやら、何から何までこういうふうでこういう働きでこういうものだと。心はこういう働きがあって、体はこういう働きがあって、それを全部明確に観察したんですね。伝統的に言えば、アビダルマ論をそのとき初めてお釈迦様が考え出したんです。アビダルマと言ったとしても本当は後で出来たものなんですけれど、仏教の真理はその時一応整理したのだと思います。仏教の真理ではなくて、世の中の真理をね。

そのように七週間、お釈迦様が悟ってから、いろいろなさっていたのです。なさっていたのではなくて、七週間なにもご飯をお召し上がりにならなかった。49日間。断食したわけではないんです。別にそんな気持ちもないんです。満たされている気持ちがあるんだから。お釈迦様が凄くきつい断食をしたと思ったら、それは違います。でも何も召し上がっていない。それで痩せたわけでもないし、何のこともないし、まぁまぁいいやということでね、悟ったその反応というか、反動で七週間もなにもせずに冥想ばかりしていたのです。

●ブッダン、サラナム、ガッチャーミ。ダンマン、サラナム、ガッチャーミ。
 誰かから鉢をひとつもらいました。出家者だから。鉢といっても土で出来た鉢ですけれど。鉢をもらって、では何か食べてもいいかな、という気持ちになったでしょう。そのとき商人ふたりが、そのあたりに、どこかに商売にいく途中で、お釈迦様が木の下に座っているのをみて、なんか凄い姿でいるのをみて、出家者にお布施をしなくてはということで、食べ物をお布施したんですね。食べ物といっても、われわれの伝統では、米を煎るとポップコーンみたいに出来上がってしまうのですけれど、それはそのまま食べられるので、それに蜂蜜をかけて、お釈迦様に寄付したのです。別にお釈迦様であるとかないとか解っているわけではないんですけれど、あまりにも惹かれて。それがお釈迦様が仏陀になって最初にいただいた食事なんです。かなり日にちが経ってから。で、その食事は向うが勝手にお布施したのですが、なにかお返しをしなくてはいけないんですね。それでその二人にちょっとこそこそとお話をしたんです。

普段、インドの文化では出家者にいろいろお布施をするのですが、その見返りに出家者から凄い教えを教えてもらうようなことを期待はしないんです。出家したひとは出家して間もないのかもしれないし、まだ修行真っ最中かもしれないし、ときには修行を通して全く喋らない人もいるのです。だから出家というのは、いろいろ様々な人がいるのですから、いろいろな宗教があったのですから、自分の修行としてひとことも喋らないんだと決めている人であれば、こちらがいろいろお布施をしたとしても、ご飯を食べて帰るだけでひとことも喋りません。何か教えてちょうだいと頼むのは失礼なんです。お布施した側は、なにか説法してくれるかとか、なにか祝福してくれるかとか、それはあまり期待しないんです。ただ自分たちの幸せのために寄付をする。お布施をするんです。それだけなんです。お釈迦様はそういうことはなくて、話してあげたんです。それでその二人がもの凄く喜んだんです。ものすごく役に立つ話を教えてくれたんだと。これが真理だと。納得がいったんです、その二人が。納得いってその場で私二人が今日からあなたを先生として、あなたを頼ります。今日からあなたの教えを自分たちの生き方として、導く法として貴方の教えを受け取ります。というわけで初めて、ブッダン、サラナム、ガッチャーミ。ダンマン、サラナム、ガッチャーミ。という、仏陀に帰依します。この教えに帰依しますという、この二行が成り立ったのです。そこにある、ナモタッサの上にあるのはそれなのです。ブッダン、サラナム、ガッチャーミ。ダンマン、サラナム、ガッチャーミ。

●ミャンマー人、スリランカ人と仏教
 その二人は、これから遠い国に帰らないといけない、ということを告げました。お釈迦様のことを毎日のように思い出して、教えて戴いた尊い教えを実践したいんだと。だからなにかお釈迦様のことを思い出すものを頂戴といいましたが、お釈迦様はなにも持っていないんです。で、頭をこうしてさわって、凄い苦行をしていたので、髪の毛が落ちるんですよ。頭を触って髪の毛をほんのちょっと取って、これを持って行きなさいと。で、髪の毛をそっと取ってあげたみたいです。彼らはその髪の毛をものすごく大事に戴いて、スワンナブーミという自分の国に帰っていきました。
スワンナというのは金という意味で、ブーミというのは国という意味です。それがどこかという事実ははっきりしませんが、ミャンマー人は自分の国だと思っているんです。
そう思っているのは、パーリ語経典で仏教伝来とか書いてある場所をみると、スワンナブーミという国があったんです、とにかく。嘘を記録はしませんから。スワンナブーミという国が出てきて、そこにはいろいろな謂われがあったと思います。

ミャンマー人が今もの凄く大事にしているパゴダがあります。シェーダゴンパゴダという。シェーダゴンパゴダという建物はもう何トンもの金の板をいっぱい貼ってあるんです。金と宝石に光が当ると、もうそこらあたり中が光ってしまうんです。凄く多くの人が寄付してできた財産なんです。金のネジを使って上の方に金をいっぱい取付けてあって、ゴールデンパゴダになっています。で、他のよく見える建物から、この建物を見てみると、太陽が当ったりすると、なんという宝石の塊りかと、驚くほどのものなのです。でその場所にお釈迦様から戴いた髪の毛を安置しているのです。で、みんな物凄い信仰をしている場所なんです。まぁそれは普通の伝説的な話で、それはそれでいいのです。

お釈迦様が二人の商人からお布施を受けて、そのお礼に髪の毛をあげたという話です。だから、ミャンマー人にとっては、それ以来、仏陀というのはもう自分のもののようなのです。
最初にお布施をしたのは、私たちではないかと。だからそういう親近感を持って、仏教を大変大事にしているんです。だから、ミャンマー人でもスリランカ人でも仏教というものを大事に命を懸けて護る、ということはあるのです。

スリランカ人が仏教になんでそんなに凝っているかというと、お釈迦様が亡くなるときに、帝釈天にこう言ったんだそうです。「私の教えが栄えるのは、タンバパンニという島ですよ、だからあなたはあの島をちゃんと護ってあげなさいよ」と、頼んだそうです。ですから、スリランカ人もお釈迦様に期待されているんだということを思って、仏教というものを大変よく護るようになっているんです。とにかくどちらも負けません。ミャンマー人もスリランカ人も。自分達がお釈迦様に一番近いと思っているんです。それは民族の感情で、それはそれで置いておいて。

●説法
 次にお釈迦様が説法に出かけるのです。最初の説法に出かけて自分の元家来でしたけれど五人の比丘達に説法しました。かなり日にちが経っていましたけれどね。それでその五人も悟ったので、お釈迦様も楽しくなりました。子供の時からずっと一緒にいた、この五人も悟ったのですから。それで、夜寝ないで、外でなんのこともなく座っているんですね。だから、お釈迦様はずっと安らぎな生き方をしていたんです。寝なきゃいかんと、そういう気持ちもないんです。ご飯たべなきゃ大変だぞとかね、そういう、わずかなストレスも脅迫観念もない。あれば食べるんだけども、なければないで別に気にしない。ですからお釈迦様にお休みになるかならないかと聞いたって答えられないんです。聞いたら、まぁ疲れたら休みますよ、と。その程度の答えになるのです。

その日、ウルヴェーラという地方なんですけれど、そこの凄い金持ちのひとり息子が、家出をしてしまったんです。「なんの意味もないんだ、この刑務所のような生き方は」。物凄い贅沢。彼には凄く大きな家が三つあったんだそうです。お釈迦様と同じ。季節に合わせて、お城が三つ。一つのお城から次のお城に引越しをして、また、季節が変わったら次のお城に引越しして、夏用と冬用と雨季用に。そこで遊びながら生活する。全くもう飽きてしまうんです。
物質は不安定なものだから、いくら贅沢であっても飽きてしまいます。苦しんでいる人々がお金さえあれば幸せだという考えは違います、と昨日も言いました。その若者はもう飽きてしまったんです。こんな生き方は何の意味もないんだと。夜に皆が寝静まるまで待って、こそっと家を出たんです。そうでないと出られないんです。もし家を出たら、周りのお世話係が大騒ぎで行列で来るんだから。

父親が、朝起きて贅沢なご飯を食べて、豊かな家にいると、皆が息子がいないと大騒ぎです。そんなに小さな子供ではない、もう若者でしたけれども。お世話係の人々は「居ない、居ない、」と警備やらいろいろが大騒ぎです。大変なことで。お父さんは燃えてしまったんです。ひとり息子はどうなってしまったかと。自分も探してみるんです。息子の方は、家を出たのはいいですけど、草履をはいたまま出て行ったのです。草履の裏は金で何か特別に細工をしてあったようです。その草履の跡をみた途端、父親はこれは息子のものであるとすぐに分って。幸いにアスファルトがなかったものですから足跡が残ってしまうんです。朝になったら、見つかるんだと父親が後を付けて行くのです。

夜、家出した息子は、「あんな家などはもう火事だ、燃えている。自分の家は人間がいるような場所ではない。家ということ、家族ということは、もう山火事のように燃えている所で、もう逃げるしかないんだ」と言うのです。夜、そんなことを悶々と言いながら息子は歩いていたんですね。
 そこでお釈迦様がこの人を迎えに座っていたんです。そこで子供の言葉で呼んでみたんです。
「君、こっちにいらっしゃいよ」と。「こちらに来たら安らぎがありますよ」。
その話を聞いてお釈迦様のところに行ったんです。行ったら、若者なので、「どういうことでしょうか」、と話を聞いて、それで真理を教えてあげたのです。で、彼はそれを聞いて第一番目の予流果の状態に悟るんです。真理が見つかったので、心の火事が消えてしまったんです。

●サンガン、サラナム、ガッチャーミ。
そこへ、心の火事が消えてない父親が、足跡を追ってこそこそと迎えにくるんです。そこでお釈迦様は息子を一寸どこかへと言って見えないようにしたんです。父親は燃えているんだから。父親は息子がいなくて燃えているんだけど、息子は別の意味で燃えていたんです。二人とも火事なのです。山火事状態。一人の山火事状態は消えましたけど。

父親が来ると、そこには息子ではなくてお釈迦様がいるのです。「ここら辺に、若い男の子、それは私の息子ですけれど、来たのでしょうか。」そう言ったら、「ああそう、ではその辺に座ってください。まぁそのうち会いますから座ってください。落ち着いて。」そう言ったら、ああ、お釈迦様が会わせてくれるんだと思って、安心して座ったんです。座ったら彼と話したでしょう。どういことか、なんということか、とね。息子の気持ちもお釈迦様は聞いて解っているんだからね。父親に説法したんです。おそらく父親が厳しかったか、あまりにも贅沢をさせて、あまりにも箱入りで育てたんだから、これが嫌だったのかも知れません。愛情というのも有り過ぎというのは地獄だから。だからそこらへんを教えただろうと思います。それを聞いたら、父親も生き方が解って、父親も悟ってしまうんです。予流果に悟るんですよ。
その話を父親に説法することを聞いて、息子が最終の悟りまで得られるのです。阿羅漢になってしまうんです。それでお釈迦様が息子を呼んで、こっちへいらっしゃい、お父さんが来ているんだと。そう言ったら、お父さんが来てみて、家に帰ろう、と言う。そのヤサという若者がお釈迦様の顔を見るんです。なんとか助けてください、ということで。

そうしたら、お釈迦様が、「あなたの息子はもう家に帰れないんだ」と、言うのです。「もう真理を完全に理解していて、ひとかけらももう煩悩がない。素晴らしい聖者ですよ」と。「あなた喜びなさいよ、もうこの子には在家生活は無理です」そう言ったら、父親も仏教によって悟っているのだから、「もう私の息子にはこれ以上の幸福はないんだ、はい解りました。私は帰ります」と。

そこで、「私は今日から、私の指導者として先生としてお釈迦様に帰依します」と。「今日からお釈迦様の教えに導かれて、生きてみます」と。「お釈迦様の弟子達も立派な聖者たちばかりだから、彼らからも指導を受けたりします。だから、サンガにも帰依します」と言いました。彼がはじめて、仏法僧に帰依したのです。それで、サンガン、サラナム、ガッチャーミという三番目が付いたのです。

初めてそういう言葉が現れたのはそういうことで、これは仏教の歴史上、古いといえば、あまりにも古いのです。お釈迦様がおっしゃったわけではないんです、とにかく。

●自分の意志で三帰依
話を聞いて納得して自分の意志で、この、ブッダン、サラガム、ガッチャーミ。 ダンマン、サラナム、ガッチャーミ。 サンガン、サラナム、ガッチャーミ。ということが成り立ったんです。そこら辺にも仏教の自由というものが見えるのです。命令がないのです。

たとえば、キリスト教と比べてみてください。そこでは神様が命令するんです。「私が唯一の神である。私のみで、他神を信じることなかれ」と。「他は認めません。こうしなさい。私を拝め。私を褒め称えなさい」。とても厳しいのです。それで、仏教も同じではないかと、もしかすると誰かが批判するかも知れません。「だってあなた方は仏法僧に帰依しているのでしょう」と。「仏陀は絶対だと思っているでしょう」と。「だから仏教でいう信仰も、他の宗教の信仰も結局は同じものではないか」と。

同じではないのです。全く違う。お釈迦様は私に帰依しなさいなんて、どこにも言っていないのです。私に帰依しなかったならばひどい目に遭いますよとかね。許さないとかね。「私は嫉妬の神である」と聖書にはあるのですけれど、私は嫉妬の仏陀であるとかは仏教にはないのです。お釈迦様にとっては、信じたければ信じればいいし、信じたくなければ信じなければいい、どうでもいいことなのです。そこで仏法僧に帰依するのは、人が自分で納得して、「これが人間の道だ」と、「この教えが真理だ」と、「この人々は真理を本当に体験しているのだ」と。そういうことを納得して、仏法僧に帰依するのです。
だから三帰依というのはあくまでも自己責任。言われたんだからと、三帰依しても三帰依になりません。脅迫して三帰依させても仏教徒にはなりません。

だから仏教というのは拡げ難いんです。何か脅迫でもなければ、ご利益でも売らないと。何か餌でも撒いてこないと。脳の無い人々を掴むことは出来ないんです。
ですから、お釈迦様はそのことを知っていて、仏教に来るのはみんなインテリやと。残念ですけれど、凄いインテリ的な思考がないと、仏教には共感が持てないでしょう。ものに頼るという凄く弱い、自分で考えようとしない人にとっては、ちょっと難しいかも知れません。感情だけに生かされている人々にとっては。仏教は大胆に拡がらないというのはそういうところがあるんです。でもそれが悪いという訳ではないんです。仏教を一旦勉強したら、如何に合理的で具体的で物凄い論理的で物凄くジリジリと真理を語っているかと解るんです。世の中のことは手に取ったような感じで分析しているでしょう。お釈迦様の心の分析というのは、いまだに誰にも出来ないでしょう。どれくらい心理学や科学やらが発展したといっても。仏陀がなさった分析とは全く違うのです。きちんと真理というものはあるし、入ってみたら結構立派な教えであって恥ずかしがるものは何もないのです。

兎に角、そういうことで、ブッダン、サラナム、ガッチャーミ。ダンマン、サラナム、ガッチャーミ。サンガン、サラナム、ガッチャーミ。という三帰依が成り立ってしまったんです。

それで、仏教の世界で仏陀の教えに納得する人々は誰でも自分の意志で三帰依をするのです。三帰依をお坊さんの方から与えるというのは、ずっと後から出来た習慣なんです。それは、お釈迦様は仏教をどんどん拡げようとは思っていなかったんです。最初は教えたくもなかったんだから。お釈迦様の分析能力があまりにも鋭いもので、聞く人、聞く人が仏教徒になってしまうのです。だから大変な勢いで広がってしまったんです。あの若者が出家して悟ってしまったという、その話でいきなり大勢の人が入ってしまったのです。だからお釈迦様は、組織も何も出来ていないし、戒律も出来ていないし、ただ説法しただけで60人の阿羅漢たちが現れてしまったんです。60人の中で歳を取っていたのはお釈迦様。
お釈迦様は歳とっていなかったんですけど。35歳でしたけれど。それから最初の5人の弟子達だけなんです、みんな30代でしょう。一人は凄い年上でしたけれど。

あの若者は若者だからその歳の人々が入ってしまったのです。だからいきなり仏教は、若者が創めたと言ってもその通りなんです。
お釈迦様も若かったし、35歳。で、5人比丘の中では一人が年上、一番初めの方はね、その人はお釈迦様が生まれた時に占いするためにも参加した人で、だから当然50か60とかになっていたと思います。
残りの4人は、その時参加した賢者たちの息子なんです。ですからほぼお釈迦様と同じ歳なのです。いきなり入り込んできたあのヤサという名前なんですが当然若者なんです。
その人の友達たちが55人入ったんですね、話聞いて。だから、61人の阿羅漢たちが現れたんだけど、一人以外60人も若者なんです。それでこの世の中で真理を体験している人は61人もいるんだよと。だから君たちは歩きなさい。拡げなさいと。皆に道を語りなさいよ。そういうふうに……
(後はまた次の機会、おたのしみに。)

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