スマナサーラ長老の新刊『老いは楽し』が刊行されました!
だれでも歳をとる。
老いを最高の幸せに変える裏ワザ。
国書刊行会
売り上げランキング: 3035

これくらいハッキリ言わないと~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~
スマナサーラ長老の新刊『老いは楽し』が刊行されました!
だれでも歳をとる。
老いを最高の幸せに変える裏ワザ。

これくらいハッキリ言わないと~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~
明治から昭和を貫く一筋の道――近代仏教。
教談師・野口復堂、神智学協会・オルコット大佐、スリランカ人仏教徒ダルマパーラ、そして田中智学など、十九世紀から二十世紀の正史、秘史を彩る人物たちがアジアを股にかけ疾駆する近代仏教絵巻。知られざる歴史を解き明かした必読書!(以上、帯より)
......読んでも、こころは育たないかもしれないけど、歴史的・地理的に広い視野に立ってテーラワーダ仏教の日本上陸を考えるよすがになると思います。(著者より)
(前略)本書の特質は、近代アジアの仏教復興に視点を置いていることだ。西欧経由の仏教あるいは仏教学ではない。さらにアジア仏教復興に日本人の力が少なからずあったことを論証していもいる。(中略)戦後の交流にも言及。オルコットやダルマパーラが唱えていた「仏教世界の連合」が戦後、スリランカで世界仏教徒連盟(WFB)として結実。その2年後に日本で第2回大会が開かれた(昭和27年)。「19世紀後半から南アジアを震源に展開していった仏教復興運動のひとつの到達点」。著者はそう解説する。
新幹線で広島駅を通過するとき、仏舎利塔(正式名称は「二葉山平和塔」)が目に入る。少年時代、あの麓(ふもと)を駆け回っていた私でさえ、なぜスリランカから仏陀の骨が寄進されたのか、その来歴に無頓着だった。しかし、その理由を本書で知ってしまった今、あの塔は何とまぶしく、そして哀(かな)しく見えることだろう。近代仏教について、私はほとんど何も知らなかった。学校で習った仏教は主に江戸時代までの文化史だったが、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)を最後に仏教は教科書からは消えた。それゆえ、本書が鮮やかに描き出す情熱的な仏教徒たちの国際交流の歴史には、目からウロコの連続である。(後略)
近代思想史研究のミッシングリンク
根底に位置する仏教
巧みな「教談」で一世風靡の野口復堂通し活劇風に描く(前略)日本の近代仏教の研究は、先駆的ないくつかの成果を除けば、ごく最近ようやく本格的に手が付けられるようになったばかりである。それも教団内やアカデミズムのでの研究は、ともすればいわゆる「近代的」な明るい側面か、または国家主義・軍国主義との結びつきの暗い側面が、ステレオタイプ化して取り上げられがちである。
だが、それでは本当の近代の姿は隠れてしまう。もっとどろどろとした複雑な要因が絡み合い、一見非合理で奇怪な思想が大きな運動に結実していく。それが表面のきれい事の背後で、深い次元で近代を動かしているのである。
一般の日本近代思想史でも、近年になって初めて超古代史や超心理学などの異端の世界に光が当てられるようになり、また、中島岳志の研究などによって南アジア世界との関係の重要性が認識されるようになっている。しかし、それらの諸動向はばらばらのものではなく、もっと統合的に捉えられなければならない。
あえて言えば、そのミッシングリンクとも言うべき根底に位置するのが仏教ではなかったか。私は以前からそのような予測を持っていたが、本書はそれを確信させてくれるだけの豊富な内容に満ちている。その情報量だけでも膨大なものがあり、それらが前後錯綜しながら、あたかも曼荼羅のように展開していく。(後略)
最近のコメント