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■会員のお便り ※会員の皆様から戴いた手紙や、『パティパダー』の「ひろば」欄への寄稿をご紹介します。
mail チャレンジ!それぞれ (新聞の切り抜きから) NEW 管理人(笛)
PATIPADA 2003.12 テーラワーダの仏足信仰 酒主淨忍さんより
PATIPADA 2003.11 『慈経のうた』作りました 佐藤哲朗 さんより
PATIPADA 2003.6 仏賀状のすすめ 酒主浄忍 さんより
PATIPADA 2001.6 ミャンマー仏教徒の願い Htwe Htwe Saing さんより
PATIPADA 2002.3 お釈迦様の教えに触れて 中井由紀子 さんより
PATIPADA 2002.1 心の中の悪魔 岩崎ひで子 さんより
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テーラワーダの仏足信仰
(パティパダー 2003年12月) 酒主淨忍 

 皆さんは仏足石を御存じでしょうか。石面に彫った足形に法輪や色々な文様が彫られているあの石のことです。
仏像以前の信仰と礼拝の対象として作られたものです。荘厳さに欠けますが、素朴で簡素なこの形は仏陀を象徴するものとして、好ましい在り方だと私は思っています。
 
 日本の寺院では境内の飾り石のように置かれていますが、仏跡の彫刻やボダガヤーの仏足石を見ても明らかなように、礼拝の対象とするならば、爪先の方を参詣者に向けて置くべきなのです。
 
 大乗仏教では教義に基づいて多種多様な仏像が作られたのですが、仏足石に関してはほとんど展開が見られませんでした。
一方、上座部仏教では仏陀と言えばゴータマ仏か過去七仏などに限られるので、仏像の種類はこれに従ったものだけでした。
しかし仏陀の偉大さを伝えるために仏足石に彫られる足下紋(足裏の文様)は、12世紀ごろから升目に区切られ、須弥山や鉄囲山(全世界)と108の「吉福の相」も描かれるようになったのです。ちょうど西遊記の孫悟空がどんなに頑張っても釈迦牟尼仏の掌さえ抜け出せなかったように、いかなる人物、事物を以ても仏陀を越えることは出来ないことを表現しているのです。
 
 スリランカにスリーパーダと呼ぶ仏陀の足跡を伝える山があります。この聖地を訪れる巡礼者用に「仏足の礼拝(※1)」という冊子があります。この中の「仏尊(※2)は神と梵天を越えた御方」という章からテーラワーダの仏足観が伺えるのでここに紹介いたします。
 
 仏尊を越える者は仏教徒には存在しません。かの聖者は神に増して尊厳があります。そのためかの聖者を「神を越えた神」であると言い伝えるのです。かの聖者はあらゆる梵天さえしのぐ尊厳があります。そのためかの聖者を「梵天を越えた梵天」と言い伝えるのです。こうした事を説明するために都合の良い形を仏教徒は考案しました。
 
 この鉄囲山をもはるかに越えた人物、仏尊という聖者がお立ちになれば、他のあらゆる人々、神々、梵天たちの在るべき所として、かの聖者の下方、かの御足の裏になるのです。これらを説明するのに鉄囲山内の全ての神も梵天の像も仏聖(※2)の御足の裏に描いたのです。
 
 仏尊は「神を越えた神」すなわち神に増して尊厳ある神なのです。そこで聖者の御足の裏に六欲天を描きました。この六欲天とは四天王、三十三天、夜摩天、覩史多天、楽変化天、他化自在天という天界のことです。仏聖がお立ちになれば、この六欲天が記されるのはかの両足の裏ということになります。
 仏尊は「梵天を越えた梵天」すなわち梵天に増して尊厳ある梵天なのです。そのため十六梵天界はかの聖者の御足の裏に描かれているのです。その梵天界の最上位に在る梵天界を色究竟天といいます。仏尊がお立ちになれば色究竟天を記すべきはかの御足の裏になるのです。
 須弥山をとりまく七金山にも仏教徒は言及しています。持双山、持軸山、檐木山、善見山、馬耳山、象耳山、尼民達羅山という名の七つの岩山が挙げられています。これらは巨大な山脈ですが、こうしたものも全て仏尊の下に在ることを説明するために、かの御足の跡に描きました。
 様々な吉事(幸福の事物)に関して人々は言及しています。この吉事で人々は多くの事柄を達成しました。吉兆とされる何か歓迎すべきものが吉事なのです。例えば払子、日傘、満杯の壺などであり、これを吉兆、あるいは吉事として歓迎しています。
 
 仏教徒は吉事とするあらゆる事物を仏聖の御足の裏に描いているのです。これらを通して明らかなのは全ての吉事よりも、最勝の存在は仏聖なのです。この吉事がどのような幸福の相に当たるのかは書物が言及するところです。寺院に見学に行く時は前もってこの幸福の相を学ぶ必要があります。
 
 この幸福の相を含む詩はプラーナ・ヒマガタワルナナーワに載っています。仏足の巡礼者たちはこの詩句を一つ一つ唱え、石の階段を登っていました。どの詩の結句も「足下に」という句から成り全部で22首あります。同詩集にある最初の一首はこのように始まっているのです。

  麗しの足下に記した二つの卍字の相 輝ける足下に記した二つの旋毛の相

  秀でたる足下に記した二の右廻の線

  かの妙なる足下に、我らは行かん礼拝に。(※3)
 
 
注釈
(※1)仏足の礼拝:原名:Siripâ Vandanâva, 著者J.B.Disânâyaka
(※2)仏尊、仏聖:スリランカでは偉大な仏陀を単にブッダと呼ぶことはなく、あらゆる敬称、尊称をつけて呼んでいる。
(※3)Siripatul:この話を麗しの足下、輝ける…、秀でたる…、妙なる…、御足の裏と訳した。従ってSiripâ・仏足と同じ。
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『慈経のうた』作りました
(パティパダー 2003年11月) 佐藤哲朗 

新刊『慈経〜ブッダの「慈しみ」は愛を越える〜』発売を記念して…ではなく、西津紘一さんの「ブッダの演歌」(パティパダー10月号に掲載)に触発されて、『慈経』のうたを作りました。沖縄民謡調の曲も付けました。お釈迦さまの手のひらの上で遊ばせてもらった気分です。ご笑覧ください。
 
『慈しみの歌』
 
 平和な暮らし求むる人に
 試して欲しいことがあります
 技を磨いて(なお)き心で
 言葉やさしく朗らかにいる
 肩に背負った荷物減らして
 心涼しい旅人であれ
 他人(ひと)に頼らず隠しごとなく
 ただこの(おも)い凝らしていよう

    生きとし生けるものが 幸せでありますように
    この世に生きるすべての同朋(とも)
                   幸せでありますように
 
 
 怯えるものや伸びやかなもの
 大きなものや小さなもの
 (たくま)しきもの(はかな)きもの
 目に見えるもの見えないもの
 離れていても近くにいても
 大人も子らもわけ隔てなく
 あまねく生ける旅人たちに
 安らいあれと幸あれと
 
    生きとし生けるものが 幸せでありますように
    この世に生きるすべての同朋(とも)
                   幸せでありますように
 
 
 (あざむ)くことはやめましょう
 バカにするのは誰でしょう
 (いか)るこころ怨むこころなく
 人のなみだ望まぬように
 我が子愛する母の(おも)いに
 四六時中を満たしてみよう
 あまねく生ける旅人たちに
 安らいあれと(さち)あれと
 
 歩めるとき座ってるとき
 横たわっても眠らぬ限り
 この(おも)いを守る人が
 神様を超えてゆくでしょう
 しっかりと目を開いてみれば
 足取りはさらに軽く
 他人(ひと)のくれた地図はもういらない
 有為の奥山今日こえて
  
    生きとし生けるものが 幸せでありますように
    この世に生きるすべての同朋(とも)
                   幸せでありますように
           (繰り返し)
 

『慈経 Metta Sutta』より 佐藤哲朗 
2547年6月吉日

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仏賀状のすすめ
(パティパダー 2003年6月) 酒主淨忍 

 皆さんは「ウェサックカード」をご存知でしょうか。
20年ほど前に、このカードがスリランカの友人から送られてきた時、私は日本仏教にはない感動を覚えました。そしてこれが、多くの宗派に分かれ衰退しつつある日本仏教の救いになるものと感じました。
 
 ウェサックカードとは、スリランカの祝日ウェサック祭(仏陀の誕生、成道、涅槃を同日に祝う行事)の時に、同国の仏教徒の間で送り合う祝賀状のことです。分かり易くいえばキリスト教徒のクリスマスカードのようなものです。
 
 仏教徒の祝日にあたるものと言えば、日本では4月8日の花祭(潅仏会)、スリランカなど東南アジアではおよそ5月の満月日の、ウェーサーカ祭(スリランカではウェサック祭)が挙げられ、約1ヶ月の差があります。しかし花祭りなどの行事は陰暦で行なうこともあるので、同じ陰暦で行なうウェーサーカ祭との日数の差は1週間、そこで双方の行事を兼ねた祝賀状を作れば日本だけでなく、全仏教徒に使えて有意義だと思います。私はこれらを満足させる仏教祝賀状、略して、「仏賀状」という形を考えました。
 
 広く共通する仏賀状を制作するには、若干の制約が必要です。仏賀状に祝詞、挨拶文、願文などを書く場合は、各宗派に特有の仏・菩薩や宗祖名など固有の名称は避けるべきです。実例として、「如来の救いにあずかりますように」と書けば、仮に受け手が浄土宗徒なら阿弥陀如来と解し、真言宗徒なら大日如来と解し、他の宗徒やテーラワーダ信徒なら釈迦如来、タターガタと解せる訳です。要は、普遍的な仏教用語であれば良いわけです。
 また法語も同様に、宗派特有の経典は避けて、仏教の基本を説く仏典、例えば漢訳なら阿含経、大乗や密教色の無い初期仏典あるいはパーリ仏典などから選べば良いのです。但し同じ宗旨、宗派の人に送る場合は前述の制約は有りません。
 
 仏賀状を制作する上で最も身近な例は年賀状です。新年の祝詞の替わりに「祝ウェーサーカ祭・祝潅仏会」などと二つの行事を併記し、干支の図柄を仏教的図柄に替えて、選んだ法語などを加えれば良いのです。
 更に完全な仏賀状を制作するには「仏暦」も併用して下さい。日頃用いている西暦とはキリストを紀元とする暦ですから、仏教徒として本来は仏陀紀元の暦が相応しいのです。この仏陀紀元の暦は、大別して、仏忌、仏誕などと称する大乗仏教系のものと、仏暦と称するテーラワーダ系のものが有りますが、絶対多数の使用人口を擁するテーラワーダ系の暦すなわち「仏暦」の使用を奨めます。因みに西暦2003年5月現在では、仏暦2547年に当ります。
 
 私はこの仏賀状を4月8日の潅仏会とスリランカなどは5月のウェーサーカ祭に合わせて送っています。

 ダンマパダに「法施は一切の施に勝り・・・」と説くように、仏教徒として互いに一枚の仏賀状を法灯として世に掲げ、法施として施し、真の仏教で共に目覚めようではありませんか。                  

 仏暦2546年4月

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ミャンマー仏教徒の願い
(パティパダー 2001年6月) Htwe Htwe Saing 

 仏教徒である私達は布施、戒、冥想などの功徳を積みます。
 ある日神々はお釈迦さまに、「一番高い功徳は何ですか」と質問しました。
お釈迦さまは、「法施」が一番高い功徳であり、すべての幸せのなかで「法楽」が最高だとおっしゃいました。
 
 この地上の、生きとし生けるものは皆、幸せを願います。 本当の幸せを真理のなかに求める。 つまり仏陀の教えをまもることが、私たちの仕事です。 そして、お釈迦さまの教えをみんなに伝えてくださる比丘達に、食事、衣、住まい、病薬など四つのものが十分にあるかどうか気をつけることが、私達在家の義務です。
 
 比丘たちのお住まい(僧院)、パゴダなどは誰が造ったのでしょうか。 お釈迦さまが教えていらした時代を調べると、その頃は一人のお布施で大きな僧院ができました。
私達の時代では一人でお寺を造るのは無理なので、ミャンマーではみんなの力で造っています。
 
 ミャンマーにはパゴダ、僧院、説法所などが村々から町、大きな都市にまでたくさんあります。 どれも一人の人のものではありません。 皆の力で造ったのです。 土地をお布施するひとがあればさいわいですが、なければ、2、3人集まってその土地を買い、比丘たちにお布施します。 比丘たちの名前で登録します。
 
 お寺を建て、そのお世話をしてゆく仲間たちが集まり自分たちがそれぞれ出来る限りの努力をします。 私達がお世話をする比丘のかたがたの上には、3、4人の大長老たちがいます。 その長老たちにしたがって我々も指導をうけます。
 在家のなかに会長、副会長、秘書、副秘書がいます。 そして、一人か二人書記もいます。 建物の管理を担当したり、報告、食事のお世話など、仕事をわけてお寺を支えてゆきます。
 
 お布施を集めるときには、趣意書を作り、それを何人かにわけてお布施をお願いします。 仕事場の仲間、友だち、町の人々、親戚などに声をかけます。 断る人はいません。 何度もお布施します。 今すぐに出来なくても、出来るようになってからお布施します。 お布施のことで困る人はいません。 建物のドアひとつが千円かかるとしたら、一枚のドアの為にと書いて、自分の名前と共にお布施します。 後で、ドアに書かれた名前を見た親戚や友だちが、喜びとともにその功徳を受けられるようにと願います。
 
 皆のおかげで立派なお寺ができた時は、開堂式に比丘達、教団の方々、お布施した全員、お世話する人々などを招待し、食事を御馳走したり、品物をお布施したりします。 そして説法を聞いて、その功徳を生きとし生けるものへと、大きな声で回向しま
す。
 
 パゴダや僧院という安らぎの場は、一般世間のどこよりも平和で、お釈迦さまと法による永遠の平安があります。 法を聞いたり、冥想したりできる場所を作りましょう。 皆でそのような場所が大きくなるように、がんばってゆきましょう。
      with  Metta Htwe Htwe Saing
 
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お釈迦様の教えに触れて
(パティパダー 2002年3月) 中井由紀子 

  2002年1月号のパティパダーに、アビダルマ講義録のテープ起こしの募集のお知らせを見つけた時、ちょうど、アビダルマ講義録の第5期を聞いていた時期でした。
アビダルマ講義は、私には一回聞いただけでは、とても理解できないので、全部聞き終わったら、また最初から聞き直そうと思っていたところでした。
また、以前より、何か協会のお手伝いをしたいと思っていたところでしたので、これは良い機会だと、早速お電話いたしました。
それからテープ起こしが、私の生活の一部となりました。
テープ起こしをしていて、一番嬉しくありがたいのが、毎日先生のお話を通して、お釈迦様の教えに触れられるということです。それが本当に嬉しく、ありがたく、「よくぞ、この企画を起こして下さった」と、本当に感謝しております。
 
 こうして、今、お釈迦様の教えに触れられるということは、悟りを皆に伝えられたお釈迦様、そして今日まで守り伝えられた長老の皆様、そして日本に伝えられたスマナサーラ先生、そして、私が知る機会を作ってくださった協会の皆様、多くの皆様のお陰です。
本当に、どんなに感謝してもしつくせない、深い感謝の気持ちがあります。
そして、その感謝の気持ちで始めたテープ起こしのお陰で、また逆に、とても幸せな気持ちになることができ、本当にありがたい気持ちで一杯です。
本当に、ありがとうございます。どうかこれからも皆様のお導き、よろしくお願いいたします。
 
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心の中の悪魔
(パティパダー 2002年1月) 岩崎ひで子 

 夫の会社が倒産して、二年が過ぎました。家も売却し、残されたのは、多額な借金だけでした。
親、姉弟は勿論のこと、大勢の方々にご迷惑をかけてしまいました。天国から地獄とは、この事だと思いました。
とても苦しくて、生きる気力もなくなり、死ぬ事ばかり考える毎日でした。
その時の私は、夫の苦しみをわかってあげようなどとは、まったく思いませんでした。
 
 夫に対しての優しさなど無く、憎しみが日々強くなって行く自分に気が付きました。
 そんな自分がとても嫌いでしたが、その時はどうにもなりませんでした。
 現実は、生活をしていかなくてはならないので、泣いてばかりいられません。私が働いて、生活を支えなくてはならなくなったのです。友人の紹介で仕事を世話してもらい、忙しい毎日が始まりました。
 配達の仕事なので、車に乗っている時間が多いのですが、その時間を有効に使おうと思い、車の中では慈悲の冥想を、家ではヴィパッサナー冥想を、毎日続けました。
 
“現実はとても苦しくて仕方ないけれど、今日一日、余計な事は考えず、ヴィパッサナーと慈悲の瞑想をしっかりやろう”と自分に言い聞かせて、毎日、真剣に実行しました。
 すると、薄紙をはぐように心が落ち付いてくる自分に気が付きました。
 
 自分の事より夫の事が気になり始めたのです。
 私より数倍苦しんでいたのに優しさなどなく、憎しみを抱いていた自分が悪魔に思え、恥ずかしくなりました。
 一番理解してあげなくてはいけない立場にいながら、一番理解できなかった自分に気付いたからです。
 
 私と同じ経験をされている方もいらっしゃると思います。
 この二年の私の経験から言わせていただきますと、落ち込んで頭の中でいろいろ考えても、何一つ良い結果が出ないという事がわかりました。
 そして、自分が変わる事によって相手も変わってくれる事もわかりました。
 
 今やるべき事を、きちんとやる事が幸福になって行く道だという事も、少しですがわかりました。
 ヴィパッサナーと慈悲の冥想の偉大さと大切さを知りました。
 
 今の私は、とても生きる事が楽になりました。まだまだ大変ですが、落ち込まず、舞い上がらず生きて行けたら幸せです。
 
 心の内の悪魔に気付かせていただいたヴィパッサナー冥想と慈悲の冥想に心から感謝致します。
 スマナサーラ長老に心から感謝致します。
 
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